本当にあった怖い話・不思議な話
逢魔が時物語


<本 編>






∴‥∵‥∴‥∵ 夜のプール ∵‥∴‥∵‥∴


投稿:毒林檎さん(女性・兵庫県)
執筆:雲谷斎



     うだるような暑さが続くある夏の日のこと。
     神戸の某小学校のプールで、まるで都市伝説のようなすさまじく怪奇な
     出来事があったという。

     信じる信じないは読者の自由だが、この話を聞かされた私は怖ろしくて、
     全身に鳥肌が立ったことを覚えている。

     私の古い友達に矢田(仮名)という者がいる。
     これはその矢田が中学二年のときに体験した話だ。

     矢田が通っていた中学にはプールがなかった。
     長い夏休み中、たまに遊園地などのプールに行ったりしていたが、いか
     んせん中学生には入場料があまりに高過ぎる。

     かといって市営のプールは芋の子を洗うような状態で、とても友達たち
     と遊泳できるようなものではない。

     夜になっても熱帯夜で一向に温度が下がらない日が続くと、満々と水を
     湛えた誰もいないプールで思う存分泳ぎたいという気持ちが日増しに強
     くなっていったのも無理はない。

     いつも一緒に遊んでいる三好(仮名)と木島(仮名)も、偶然にも矢田
     と同じことを考えていた。
     彼らが何かいい方法はないものかと悪知恵をはたらかせていたとき、
     いかにも少年らしいアイデアがひらめいたのだ。

     少々気が引ける思いつきだが、これ以上のものはないと確信できた。

     アブラ蝉の声が頭の芯に突き刺さるような暑い日だった。
     三好と木島は自分たちのグッドアイデアを得意げに矢田に話した。

     「なぁ〜、最近めっちゃ暑いやろ。それでやなぁ、今度三人で小学校
     (彼らの母校)のプールに行かへんか?」

     三好が声をひそめて矢田に言った。

     「あそこのプールやけどな、夜になったら見張りの先生とかは全然来ん
     らしいねん。俺の兄貴らもこの前泳ぎに行ったらしいんや。それで三好
     に言うたら行こかということになったんや。どや、行けへんか?」

     力強く木島が補足した。

     一もにもなかった。
     矢田は即座にその小さな悪事にのった。
     とんでもないことが待ち受けていることなど、夢にも思わず……。

                    *

     数日後、三人は親には適当なウソをついて、約束通り小学校の正門前に
     集まった。

     時間は夜の八時をまわった頃。
     校舎の一階の一部だけに電気は点いているが、たぶん宿直の先生が部屋
     でテレビでも見ているのだろう。

     
     正門は鍵が締まっているので、門扉を身軽に乗り越える。

     プールは校舎とは反対方向の校庭の隅にある。
     辺りは真っ暗なので、例え先生がプールの方を見たとしても、姿は見え
     ないはずだ。

     安心して三人はプールサイドで服を脱ぎ捨て、水着になった。
     音を立てないようにそっと水の中に滑り込む。

     ひんやりとした水の感触が全身を包んでいく。
     なんという気持ちのよさだろう。
     二十五メートルプールに浸かっているのは、悪童三人だけだった。

     だんだん彼らは大胆になり、バシャバシャと音を立てて泳いだり、ふざ
     けて水を掛け合ったりしていた。
     真っ黒の水面は、お互いの顔がかろうじてわかる程度だった。

     気持ちいいことは確かなのだが、辺りは真っ暗である。
     太陽に輝く透明な水ではなく、夜を映した水は真っ黒でまるで重油のよ
     うに波打っている。
 
     たった三人だけというのもやはり不安で、その反動でわざと大声を出し
     てふざけていた。
     水温は高いはずなのに、時おり背中がゾクッとする。

     矢田がプールの中央まで泳いでいき、立ち上がって顔の水をぬぐってい
     ると、後ろになにやら気配を感じた……。

     まったく音も立てずに、矢田に誰かがついてきていたのだろうか。
     二人のうちのどちらかだとはわかっていても、奇妙な胸騒ぎがあった。

     ゆっくりと後ろの気配の方に振り向いた。

     ……と、そこには、誰かのおでこが水面から出ていた。
     えっ、誰だと思った瞬間、おでこしか出ていなかった水面がバシャッ!
     と割れ、濡れた髪がべったりと張りついた顔が現れた。

     しかし、その正体は木島だった。

     「どや? 怖かったやろ」
     「あほ! おどかすなよ!」

     矢田はほっとして木島にお返しとばかり水をかけた。

     あはははは。
     笑い声を残して木島は水の中に潜っていった。

     矢田はプールの端を目指して、ゆっくりと平泳ぎで進んでいった。
     すると、また後ろから気配がする。

     また立ち止まって後ろを振り返ると、案の定おでこが水面から出ていた。
     矢田はあきれた様子で大声を出した。

     「木島! もぅええ加減にせえよなぁ!」

     出ている頭を叩こうとしたとき、プールサイドから声がかかった。

     「おーい、矢田。そろそろ帰るぞ〜」



     プールサイドを見ると、声をかけた三好の横に木島の姿があったのだ!



     「(えっ! ほな、俺の後ろにいるやつは誰やねん!?)」

     訳がわからなくなって、もう一度後ろを見ると、そこには先ほどのおで
     こだけが出た状態ではなく、顔が見えていた。

     ただ、その顔は見たことのないばかりか、今にも飛び出しそうなギョロ
     リと見開いた目があったのだ。
     それは生きた者の目ではない。
         
……死人の目だった。




     その目が、矢田をジィィィィッとうつろに見つめていた。

     「(うわっ! あかん……)」

     とっさにヤバイと感じ、言いようのない恐怖に襲われながら、矢田は大
     慌てで方向転換し、プールサイドにいる三好と木島のところへ泳ごうと
     した。

     足が水中の水を蹴った瞬間、足首がガシッと掴まれた。

     進もうとする勢いがそがれ、ゴボッと水を飲んでしまう。
     思い切りむせながら、矢田は後ろを見てしまった。

     『それ』はまるで見られているのを意識しているように。水中からゆっ
     くりと顔を上げてきた。

     無数の傷にさいなまれた頬。
     強い力でえぐれたようになっている鼻。
     その顔は、何かにグチャグチャに引き裂かれた少年の顔だった。

     顔のつぶれた少年は、何かを確信したかのようにニヤリと笑った。
     それは矢田をプールの底に引きずり込もうとする意志だった。
     生きた人間ではない者が、死の国への道連れを見つけたときの笑い
     だった。

     「わぁぁぁぁ……た……助けてくれぇ!」

     無防備に水中へ引きずり込まれようとしながら、矢田は断末魔の叫びを
     上げ、両手でプールの黒い水をかきまわした。

     気を失って沈みゆく矢田は、異変に気づいた三好と木島に助けられた。

     「お前、こんな浅いプールで溺れとったんやで、大丈夫か?」

     三好が何がなんだかわからないという風に言った。

     矢田は紫色をした唇をわななかせながら事情を二人に話した。
     しかし、矢田以外の二人はそんな少年の姿は見ていないという。

     「ほんまやねん。俺、足を掴まれてんから」

     矢田が掴まれたという両足首を確かめると、そこには赤紫に変色した手
     の跡がしっかりと残っていた……。

                    *

     翌日、三人は怒られるのを覚悟で、小学校に矢田が体験した話をした。

     当直の先生では判断できないということで、校長にまで話は伝わった。
     何か心当たりがあったのか、それならばプールの水を抜いてみようとい
     うことになった。

     しかし、排水口を開いても水はとろとろとしか吸い込まれない。
     業者を呼んで調べてもらうと、排水口の中に矢田を引き込もうとした少
     年が見るも無惨な姿で死んでいた。

     その少年はその小学校の生徒で、二日前に行方不明になっていたという。




    
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            <本編「夜のプール」データ>

     ■原作投稿者:毒林檎さん(女性・兵庫県)
     ■2006年度 読者が選ぶランキンランキン第1位  85.63点
     ('06年に発行した逢魔が時物語」メルマガ掲載話の読者採点結果)

     投稿された話を大切にしながら、雲谷斎が加筆・執筆しました。

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